RESEARCH
生理学グループの研究内容です。各個人の研究タイトルは、メンバーページをご覧ください。
研究の特徴
生理学グループの最大の特徴は、魚類の生理学研究を幅広く、特に軟骨魚類(サメ・エイ・ギンザメ)を主要な研究対象としていることです。軟骨魚類の生理学を扱うことができる研究室は、世界的にも限られています。
研究の概要
軟骨魚類に特徴的な生理学的メカニズムである尿素を利用する環境適応のしくみ(研究テーマ01)、ならびに卵生から胎生までの多様な繁殖様式と発生過程、摂食・成長・ストレスなどのホルモン制御機構(研究テーマ02)を明らかにしようと研究を進めています。研究所内でサメやエイの飼育実験を行うのに加え、水族館や国内外の研究機関との共同研究により研究対象や研究手法を広げています。
最近では、生理学的メカニズムのフィールドでの検証も大きなテーマであり、西表島の浦内川において、河川を遡上するオオメジロザメの調査を継続的に行うなど、ラボワークとフィールドワークの両面から研究を進めています(研究テーマ03)。
優れた体液調節能力を持つ真骨魚類についても研究を行っています(研究テーマ04)。また、順応型の体液調節を行うヌタウナギについても研究を始めます。
研究の理念
それぞれの研究を通して、異なる動物群に特徴的なしくみを解明するだけでなく、共通性と多様性という比較生物学的解釈を加えることによって、海洋環境への適応という現象を生物の進化という時間軸に沿って理解することを目指しています。
ユニークな体液調節のしくみ
軟骨魚類は体内に尿素をためることで、体液の浸透圧を海水とほぼ同じレベルに維持し、海水中でも体から水を失わないようにしています。この特徴的な尿素を利用する体液調節はシーラカンスや両生類にも存在し、私たち哺乳類の腎臓でも尿素は水の保持に重要な役割をしています。軟骨魚類の腎臓や鰓では、特殊なしくみにより尿素が体外に流出することを防いでおり、体液の恒常性維持に重要なはたらきをしています。
膜輸送体マッピングによる腎臓ネフロンの機能解明
腎臓では、尿をつくる過程で90%以上の尿素を再吸収して体内に戻しています。腎臓の機能単位であるネフロンは非常に複雑な立体構造をもっており、そのしくみはほとんどわかっていませんでした。
私たちは、尿素、水、NaCl、硫酸イオン等を輸送する膜タンパク質群を同定し、各輸送体が存在する部位を明らかにしてきました。複雑なネフロンを地図に見立てて分子の局在を「マッピング」することで、ネフロンの機能、ひいては腎臓の機能を明らかにすることを目指しています。
鰓のはたらき
魚類の鰓が呼吸器官であることはよく知られていますが、真骨魚類では特殊な塩類細胞を介してイオン輸送やアンモニア排出を行っています。サメやエイの鰓にも、塩類細胞様のミトコンドリアに富む細胞の存在が報告されており、私たちも濾胞状に配置された新規細胞群を発見しています。軟骨魚類の鰓も体液調節に関わるのか、研究を進めています。
新たなモデル動物
これまで、軟骨魚類の研究が進まなかった理由のひとつが適切なモデル動物が存在しないことでした。ゲノムプロジェクトが開始されたゾウギンザメをオーストラリアの研究者と共同で利用できるようにし、上記の体液調節研究や新たなホルモンの探索、発生研究へと発展しました。国内外の研究者にも利用してもらい、軟骨魚類研究が様々な研究分野で進んでいます。また、後述するように、オオメジロザメやトラザメ、アカエイ、淡水エイなど、様々な特徴を持つ軟骨魚類を「モデル」として研究を進めています。
恒常性の維持とホルモン
体内の恒常性を維持することには、ホルモンが大きな役割を果たしています。脳下垂体後葉ホルモンの新規受容体V2bRの報告、軟骨魚類には存在しないと考えられていたプロラクチンの発見を含め、体液調節やストレス、摂食、繁殖との関わりを調べています。
発生初期の体液調節
体内の恒常性は、体の各器官が協調してはたらくことによって維持されています。では、鰓や腎臓などの体液調節器官が未発達な発生初期には、どのように海水環境に適応しているのでしょうか?最近、卵黄を包んでいる卵黄囊上皮の重要性を明らかにしました。また、胚体ではどのように体液調節器官が形成され、いつから機能的になるのか、進化発生学的観点からも重要なテーマです。体液調節器官だけでなく、消化吸収機能についても調べています。
淡水でも生息できるオオメジロザメ
ほとんどのサメは海に生息していますが、海と川を行き来する種がいることが知られています。それがオオメジロザメです。真骨魚類ではサケやティラピアなどの広塩性種の研究から、海と川で鰓のイオン輸送機能などを切り替えていることがわかっています。一方で、特殊な体液調節システムや器官を持つサメが、どのようにして淡水に適応しているかは大きな謎です。オオメジロザメは淡水に入っても体内に高濃度の尿素と塩分を維持しますが、腎臓や鰓といった体液調節器官がどのような役割をしているのか、そこではたらく分子メカニズムは全くわかっていません。
淡水適応のしくみにせまる
淡水適応のメカニズムを明らかにするためには、オオメジロザメの飼育実験が必要です。通常の研究施設では困難な課題ですが、沖縄美ら海水族館との共同研究により、飼育下のオオメジロザメを海水から淡水に移行させるという大掛かりな実験を実現させることができました。この移行によって体内にどのような変化が起こったのか、トランスクリプトームを含めた遺伝子解析を中心にして、淡水適応の謎が解明されつつあります。
西表島のフィールドワーク
飼育実験から明らかになりつつあるメカニズムが自然界の個体でも使われているのか、という検証も重要です。オオメジロザメが生息する沖縄・西表島での野外調査から、川に出現する時期や年齢、水温、塩分環境などが少しずつ明らかになってきました。生理学的メカニズムをベースにしながらも、環境DNAや音響データ、行動学的調査を含めた生態学的アプローチも加え、現象を統合的にとらえていきたいと考えています。
オオメジロザメに加え、岡山大学との共同研究によりアカエイも広塩性の研究対象としています。さらには、もはや海では生息できない淡水エイ(ポタモトリゴン)の研究も行っており、体液調節器官と環境との関わりを総合的に明らかにしていこうと進めています。
海と川を行き来する広塩性魚
真骨魚類は、一般に「魚」と呼ばれる2万5000種以上を含むグループです。軟骨魚類と同様海に生息する脊椎動物ですが、その体液は我々哺乳類と同じく海水の約1/3の塩分・浸透圧に調節しており、全く異なる海水適応戦略をもちます。生息環境やライフサイクルも多様で、海と川を回遊する広塩性種も多く存在します。この幅広い塩分環境に適応する体のしくみに注目し、メダカ、サケ、トビハゼ、ウナギなどを用いて研究を進めています。
遺伝子操作からフィールド研究まで
メダカではモデル生物としての利点を活かし、RNAseqやゲノム編集による遺伝子改変などの手法を用い、適応に関わるメカニズムの解析を進めています。ウナギやトビハゼを用いた実験では、ホルモンによる飲水行動の制御や渇きを感じるメカニズム、体液調節器官の機能に関して長い研究の歴史があります。サケについては、大気海洋研究所の研究センターがある大槌湾をベースに、東日本大震災による影響を含め、超音波発信器による行動追跡や環境DNAによる稚魚・親魚の分布、ホルモン分析による成熟と回帰行動の関連など、様々な研究を進めています。
共同研究機関
- アクアワールド・大洗/茨城県
- 沖縄美ら海水族館/沖縄県
- 岡山大学牛窓臨海実験所/岡山県
- 富山大学理工学研究部/富山県
- 北里大学海洋生命科学部/神奈川県
- 宮崎大学農学部海洋生物環境学科/宮崎県
- Deakin University/Victoria, Australia
- University of Tasmania/Tasmania, Australia
- Univeristy of Hawaii/Hawaii, USA
- Univeristy of Manitoba/Manitoba, Canada