真骨魚類におけるFSH-RHの発見=GnRH絶対説から50年ぶりのメジャーアップデート
大気海洋研究所のプレスリリースをご参照ください。
脊椎動物の生殖腺機能は、脳下垂体から放出される卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモンによって制御されており、その名の通りメスにおいてはそれぞれ卵胞発育(卵を大きくする・卵黄蓄積する)と排卵(即ち黄体を形成する)を促し、オスにおいてはいずれもが精子形成を促します。このFSH、LHは、総称して「ゴナドトロピン」とも呼ばれ、この両方が、視床下部のたったひとつのホルモン、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)によって制御されているとされてきました。GnRHは1971年に哺乳類において発見され、1977年のノーベル生理学・医学賞の受賞を経て実に50年間、脊椎動物のいかなる種においてもFSH、LHに両方に対する最も強い制御因子と信じられてきました。
しかし、10年ほど前に行ったメダカのGnRHのノックアウトの研究で、GnRHをなくしてもFSH機能が落ちないことがわかりました(LHは落ちる)。したがって、魚ではGnRHではない何かより重要なFSHの制御因子、すなわち、FSH-RHと呼べるようなものがあるのではないか、と考えました。
(詳しくは上のリンク先のプレスリリースに書いたような結果から)FSHに対しては、視床下部ニューロンに発現するコレシストキニンが必要不可欠な制御因子として存在することを明らかにし、「FSH放出ホルモン(FSH-RH)」と呼ばれるべきものであると結論づけました。
向下垂体性のGnRHの分子種が、GnRH1と3が系統間で混在しているのは、近い祖先までgnrh1/3が共発現していたから
大気海洋研究所のプレスリリースをご参照ください。
脳下垂体のゴナドトロピン放出の制御にGnRHが重要ですが、そのGnRHの分子種がGnRH1だったり3だったりと、種によって整合していませんでした。そしてその理由は謎のままなんとなく見過ごされてきました。
gnrh1あるいは3はしばしば進化の途上で失われているので、失うことができたヒントは、失われている種に近縁で両方持っている種、にあるのでは、と思い、しらべていたら、カラシン目のセルラサルムス科は両方もっている一方、カラシン科は1を失っている可能性が浮かび上がりました。そこで、セルラサルムス科のピラニアナッテリーを用いてしらべてみたら、gnrh1とgnrh3遺伝子が、視索前野のニューロンで共発現していることがわかりました。
なんだ共発現していたからか、と思うのですが、このgnrh1とgnrh3は、脊椎動物基部の1R,2Rの全ゲノム重複によって生じているため、ものすごく長い間「リダンダントな」ことになっていたという点で非常に驚きでした。
さらに、ピラニアのgnrh1,gnrh3エンハンサーを単離し、メダカとゼブラフィッシュでその活性を検証することにより、進化の中で、どのように片方が選択されていったか、ということを調べました。その結果、転写因子側ではなく、エンハンサー(cis)が変化したことで、片方が選択されていった、ということが示唆されました。
これは、GnRHシステムの進化がわかったことのみならず、パラログ遺伝子一般の進化についての理解を深めるためにも重要な結果と考えています。
エストロジェン受容体β1を介して、FSHは下垂体レベルで直接的にエストロジェンのネガティブフィードバックを受ける
メダカやゼブラフィッシュのノックアウト実験の結果、魚ではFSHが卵胞発育に重要で、LHは最終成熟・排卵(最後のフェーズ)にのみ必要なことがわかってきました。
しかし、哺乳類ですべてのプロセスに必要なLH、とくにダイナミックな変動を(LHパルス)示すLHに注目が集まっており、魚で、そしてもしかするとその他の多くの脊椎動物全般で重要な可能性が高いFSHの研究は、LHに比べて圧倒的に進んでいません。
そこで、FSHを制御するものは何なのか。特に、卵の過剰な発育を抑える、卵巣由来のエストロジェンによるネガティブフィードバック機構の解明をしたい、と思ったのがスタートです。
esr2a(エストロジェン受容体β1)という受容体が重要であることが、ノックアウトの結果でわかったのですが、大変驚くべきことに、エストロジェンは哺乳類で考えられているような視床下部を介してではなく、直接的に脳下垂体のFSH発現を抑制していることがわかりました。まだ、下垂体内で間接的なのか、直接FSH細胞にエストロジェンが働いているのかは明らかではありませんが、近いうちに明らかにしていきます。
本論文では、esr2aのKOが、輸卵管の形成にも不可欠であることも示しています。
哺乳類では生殖制御の鍵を握るキスペプチンがサカナでは別の機能をもつ
東京大学理学系研究科のプレスリリースをご参照ください。
生殖に超重要ってことで、哺乳類で見つかったキスペプチン。当然我々も魚の生殖に大事だろうと思って始めたのが2006年。
世界でも、魚でも打つと血中LHが上がるとか、GnRHニューロンに受容体が出てるとか、いろいろ論文が出てました。
しかし、我々の手で行っても、それは再現できず、形態学的アプローチによっても、キスペプチンは哺乳類と同じ様式でHPG軸に効くとは考えづらい(Kanda et al., 2013)。手法の制約と思い込みによる論文が世の大勢を占めていました。
今回、キスペプチン受容体発現細胞にGFPを発現させる、というアプローチで、GnRHニューロンではない、キスペプチンの本当のターゲットを見つけることにより、今までラボの卒業生が溜めてきた貴重な”ネガティブ”未発表データを出すことが出来ました。
論文は、基本的にポジティブデータを取り扱うものです。すなわち、世の中で、おかしなことがあっても、都合の良いことばかり論文として発表されていく、という情報の非対称性が産まれます。
しかし、時間がかかっても、真実はもたらされるべきで、だいぶん時間はかかりましたが、そういったものを世に出すことができました。SuppleFigの山も是非眺めてみてください。
視床下部GnRHと、脳下垂体FSH,LHの制御の進化に関する研究
東京大学理学系研究科のプレスリリースをご参照ください。
栄養欠乏時にメスだけで生殖をストップさせる脳内メカニズム
東京大学理学系研究科のプレスリリースをご参照ください。
キスペプチンニューロンは脳内のステロイドを感受するセンサーとして働く
キスペプチン神経系は哺乳類において、GnRHニューロンへの直接的な制御を介し、視床下部脳下垂体生殖腺軸(HPG軸)の調節を担っています。実際に、哺乳類におけるKiss1遺伝子、あるいは受容体GPR54のノックアウトが、不稔に至ることが複数の動物種でわかっています。
したがって、哺乳類において生殖のkey regulatorとして、近年の神経内分泌業界では「大物役者」として扱われています。
一方で、我々やその他のグループが独立しておこなった複数の結果から、真骨魚類では少なくとも、キスペプチンが哺乳類のような生殖制御の因子ではないのではないか、ということが強く示唆されてきました(鳥類にキスペプチン神経系が存在しないことから、私は哺乳類だけが特別に生殖制御機能を獲得したのではないかと思っています)。
ただ、その一方で、脊椎動物を通じて(厳密に調べたのは四足動物と真骨魚類を含む、硬骨魚類綱、ですが)キスペプチンニューロンが性ステロイド受容体を発現し、何らかの機能を司っていることが明らかになってきました(メダカ:Kanda et al., 2008, Mitani, Kanda et al., 2010.キンギョ: Kanda et al., 2012)。したがって、脊椎動物でキスペプチンニューロンが生殖腺の状態に応じて何らかの情報を他のニューロンにニューロンにもたらしているのは共通なのです。この生殖状態のセンサーとして働くキスペプチンニューロンの性質を調べるため、Kiss1ニューロンにEGFPを発現するトランスジェニックメダカを作成しました。
今回の発表内容
・様々な繁殖状態のKiss1ニューロンの発火活動を記録することにより、繁殖状態依存的に発火活動が変化する
・GFPの免疫組織化学を行うことにより、Kiss1ニューロンの投射を解析
哺乳類の電気生理に用いられるのは、ほとんどがマウス/ラットであり、季節繁殖性を失った動物です。今回、メダカをモデルに用いることにより、繁殖状態の異なる個体間での発火活動の比較が可能になりました。
こうして、発現調節に加えて、発火活動も繁殖状態によって大きく変化することにより、繁殖状態/非繁殖状態でKiss1ペプチドを大きく変化させていることが強く示唆されました。(繁殖状態の方が放出が多いと考えられます)
また、投射に関しても、先に報告したキスペプチン受容体の分布とかなり近い投射を示すことがわかりました。性ステロイド感受性と考えられるNVT Kiss1ニューロンは、終脳腹側野、視索前野、視床下部に主に投射しており、直接的な生殖制御ではなくても、恒常性の維持、内分泌調節や本能行動の調節等にいわゆる根本的な生命現象に関わっていると示唆されました。この結果は、ひとつ前の報告(下を参照)と整合します。
今後の興味としては、1.実際にキスペプチンニューロンが哺乳類以外の脊椎動物で何をやってきていたのか。そして、2.今回脳下垂体に投射することがわかったため、キスペプチンがステロイドフィードバックに関わるようになるためには、GnRH1ニューロンがキスペプチン受容体を発現しさえすれば良い、という状態が長く続いてきたことになります。今後、これらのテーマについて理解を深めていこうと思っています。
大学にもプレスリリースを出したので、そちらもご覧ください。
キスペプチン神経系は直接的にイソトシン・バソトシン神経系を制御している一方で、真骨魚類においてGnRH神経系を介したHPG軸制御を欠く
キスペプチン神経系は、哺乳類において生殖に必須なニューロンとして注目を集めています。一方で、非哺乳類においてキスペプチンが視床下部-脳下垂体-生殖線軸を直接的に制御する証拠は現在まで見つかっていません。
我々は、主に形態学的な方法を用い、非哺乳類におけるキスペプチン神経系の役割を解析してきました。メダカを用いて二重in situ hybridizationを行った結果、哺乳類とは異なり、いずれのサブタイプのキスペプチン受容体も、メダカにおいて脳下垂体へ投射する唯一のGnRH神経系であるGnRH1ニューロンに発現していないことがわかり、少なくとも哺乳類で考えられているような、GnRH1ニューロンを直接的に制御する機構は存在しないことがわかりました。
そこで、脊椎動物におけるより保存的なキスペプチンの機能を解析するため、キスペプチン受容体と様々な神経伝達物質の二重in situ hybridizationを行ったところ、イソトシン・バソトシン(哺乳類におけるオキシトシン・バソプレシンとホモログ)ニューロンがキスペプチン受容体gpr54-2 mRNAを発現していることが明らかとなりました。
哺乳類を用いた研究で、キスペプチンの投与によってオキシトシンバソプレシンの放出が促進される、という報告もあることから、メダカで見つかったこの制御機構は、脊椎動物を通じて保存されている可能性が考えられます。オキシトシン(イソトシン)やバソプレシン(バソトシン)ニューロンは繁殖特異的な行動(母性行動や攻撃行動)に関与していることが示唆されているため、繁殖期に分泌が上がると考えられる(Kanda et al., 2008; Mitani and Kanda et al., 2010; Kanda et al., 2012)キスペプチン神経系による制御がそのような繁殖期特異的な行動を引き起こしている、という作業仮説が考えられます。
今回の論文では、後葉系のホルモンの放出に関与するという新規発見に加えて、キスペプチンが必ずしも直接的にGnRHニューロンを制御しない、という哺乳類における定説を覆す結果を提示したことで、脊椎動物全般での生殖機構の進化に新たな問題を提起できたと考えています。
キスペプチン遺伝子の分子的性質と進化
Kanda and Oka. (2013). Structure, Synthesis, and Phylogeny of Kisspeptin and its Receptor. in Kisspeptin Signaling in Reproductive Biology (eds K. Alexander and S. Jeremy): Springer Science.
近年(とずっといってきましたが、ずいぶん長い時間が経ったようです。。)生殖内分泌学の分野で注目を集めているキスペプチンニューロンに関する本が出版されました。
アメリカのAlexander S Kauffmanと、Jeremy T Smithという2人の新進気鋭の若手PIがまとめた本です。
この本の第2章、Structure, Synthesis, and Phylogeny of Kisspeptin and its Receptor というチャプターに執筆しています。
たまたま、この章はサンプルページとして提供されているので、Springerのサイトの一番下のDownload Sample pages 1 (pdf, 561 kB)というリンクで無料でダウンロードできます。
まず、キスペプチンのペプチドの構造、受容体の賦活化の仕方を考察しています。キスペプチン遺伝子kiss1,?kiss2は脊椎動物に本来両方存在しており(哺乳類では欠失しているのでkiss2は注目されにくかった)どちらも同じ受容体(こちらも二種類ある)に働いている、ということをレビューしています。
また、kiss1,?kiss2ニューロンのうち、ステロイド感受性を示すものを真骨魚類、両生類、哺乳類の脳にマッピングしてみると、どうやらそれまでkiss2が発現していた場所に、kiss1が発現している可能性が浮かんできました。遺伝子のロバストネスが進化の途上(研究紹介を参照)に起こり、哺乳類の進化の途上でkiss2遺伝子の喪失が起こったことで、眠っていたkiss1遺伝子がそのニューロンにおいてよみがえったのではないか、という仮説を提唱しています。