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ここでは、当研究室主導で発表した論文について、簡単な言葉での解説を行っています。

脳下垂体のMSH産生細胞が直接太陽光を感じ、体表のメラニン合成を促進してUV防御を強める

Fukuda, A., Sato, K., Fujimori, C., Yamashita, T., Takeuchi, A., Ohuchi, H., Umatani, C., and Kanda, S. (2025). Direct photoreception by pituitary endocrine cells regulates hormone release and pigmentation. Science 387, 43-48.
publicationのところに、どなたでもフリーでダウンロードできるリンクがありますのでご利用ください)

大気海洋研究所のプレスリリースもご参照ください。

脳下垂体のMSH産生細胞の放出動態を見れるトランスジェニックメダカ、pomc:GCaMPメダカを作ってみたところ、何もしていないのに細胞内のCa2+濃度が上がっていく、すなわち、ホルモンが放出される、という現象に出くわしました。狙ったわけではなく、本当に偶然です。この瞬間に、もしかしたら下垂体が光を感じているのでは?と着想し、研究を進めました。もちろん聞いたことのない現象だったので、心のどこかでアーティファクトだったらどうしよう、という不安もありながらも、研究を進めていく間に、生理的な現象であることの確信を深めていきました。我々が、生理学的に波長特異性などを突き詰めていっているときに、岡山大学の佐藤さんがMSH産生細胞にopn5mが共局在している、というデータを示していることを北里大の水澤さんから紹介していただきました。そして、動物学会でお話しし、一緒に進めることになりました。opn5mをノックアウトするとこの光応答現象がまったく見られなくなる、というとてもクリアーな結果が得られました。また、佐藤さんのLC-MASSの結果で、下垂体に光を当てると培地中にMSHが放出されることもわかりました。そうこうしながら、全身でなにをしているのか、というのを明らかにしたかったのですが、ここでまたしてもかなり苦労しました。文献的には、MSHは、黒色素胞の中のメラニン顆粒を拡散させることになっています。しかし、opn5mノックアウトメダカ、背景馴致にも、紫外線を当てたときの挙動でも、明瞭に何かがおかしくなるわけではありませんでした。これを実は1年くらいやっていたのですが、あるとき、Ca2+イメージングは早く動くけれど、その作用が必ずしもすぐに起こらなくてもいいのでは、と思い、体表のメラニン合成が変化している可能性を探ってみたところ、opn5m KOメダカをUVを含む環境下で飼ったところ、WTに比べて、メラニン合成の律速酵素、チロシナーゼやその他関連遺伝子がWTに比べて低いことがわかりました。そこで、実際に黒くなっているのか、ということを調べるために、野生由来の黒いメダカをつかって、またノックアウトを作ったところ、身体の不透明さが2割程度、WTに比べて下がっていることがわかりました。
人間のアタマでは想像・想定出来ないメカニズムを魚は使っている、ということに改めて気づかされました。


口内保育をする魚による、卵を隠すための「目立たない婚姻色」

Ishihara, H., and Kanda, S. (2024). Inconspicuous breeding coloration to conceal eggs during mouthbrooding in male cardinalfish. iScience 27, 111490.

大気海洋研究所のプレスリリースもご参照ください。

海釣りをするとよく釣れるネンブツダイとその近縁種クロホシイシモチ。食べると実はおいしいらしいですが、外道として有名です。これらが含まれるテンジクダイ科の魚たちは、父親が口の中で卵を育てるマウスブルーダーとして知られます。
釣りながら雌雄差がないかとよくよく観察していた石原さんが、口を広げると出てくる下顎の薄い構造、オスが白くなっている、ということを発見しました。この構造はなんだろう→虹色素胞、どのようにできるんだろう?→アンドロジェンによってできる、なんのために?→卵が隠れるようになるね、ということで、構造、メカニズム、生物学的意義まで、一通りのことがわかりました。実は最後に結論がでたのは生物学的意義のところで、ここはかなり一緒にああだこうだ案を出し合って考えました。アンドロジェンによって、繁殖期にできる色は、定義的に「婚姻色」にあたります。しかし、このテンジクダイ科、オスが繁殖にかなりのコストをかけるので、メスの方が繁殖行動に積極的なケースが多々見られます。このオス特有の現象は、ほかのテンジクダイ科魚類にもみれましたので、一般的に考えて、メスを誘うための婚姻色ではない、となるわけです。ではなんのため?と思って卵をメスに入れてみると、外から丸見えになってしまうことがわかりました。特に、胚発生が進み、眼ができてきたりすると、黒い色がすけてしまいます。これは外敵から見つかるようになってしまうから、それを隠すために役立っているのではないか、と結論づけました。実際に外敵から食べられにくくなるのか、という実験は不可能でしたが、仮説として、「目立たない婚姻色」を提唱しました。
釣った魚を大事に持って帰って飼育して研究する、という新しいスタイルでした。


真骨魚類におけるFSH-RHの発見=GnRH絶対説から50年ぶりのメジャーアップデート

Uehara SK1, Nishiike Y1, Maeda K, Karigo T, Kuraku S, Okubo K, Kanda S*.(2024) Identification of the FSH-RH as the other gonadotropin-releasing hormone. 

大気海洋研究所のプレスリリースもご参照ください。

脊椎動物の生殖腺機能は、脳下垂体から放出される卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモンによって制御されており、その名の通りメスにおいてはそれぞれ卵胞発育(卵を大きくする・卵黄蓄積する)と排卵(即ち黄体を形成する)を促し、オスにおいてはいずれもが精子形成を促します。このFSH、LHは、総称して「ゴナドトロピン」とも呼ばれ、この両方が、視床下部のたったひとつのホルモン、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)によって制御されているとされてきました。GnRHは1971年に哺乳類において発見され、1977年のノーベル生理学・医学賞の受賞を経て実に50年間、脊椎動物のいかなる種においてもFSH、LHに両方に対する最も強い制御因子と信じられてきました。

しかし、10年ほど前に行ったメダカのGnRHのノックアウトの研究で、GnRHをなくしてもFSH機能が落ちないことがわかりました(LHは落ちる)。したがって、魚ではGnRHではない何かより重要なFSHの制御因子、すなわち、FSH-RHと呼べるようなものがあるのではないか、と考えました。そして、FSHを制御する何かの受容体が、FSH細胞にあるだろう、と考え、FSH細胞のRNAseqを行い、発見に至りました。

(詳しくは上のリンク先のプレスリリースに書いたような結果から)FSHに対しては、視床下部ニューロンに発現するコレシストキニンが必要不可欠な制御因子として存在することを明らかにし、「FSH放出ホルモン(FSH-RH)」と呼ばれるべきものであると結論づけました。


向下垂体性のGnRHの分子種が、GnRH1と3が系統間で混在しているのは、近い祖先までgnrh1/3が共発現していたから

Fujimori C1, Sugimoto K1, Ishida M, Yang C, Kayo D, Tomihara S, Sano K, Akazome Y, Oka Y, Kanda S*.(2024)Long-lasting redundant gnrh1/3 expression in GnRH neurons enabled apparent switching of paralog usage during evolution 

大気海洋研究所のプレスリリースもご参照ください。

脳下垂体のゴナドトロピン放出の制御にGnRHが重要ですが、そのGnRHの分子種がGnRH1だったり3だったりと、種によって整合していませんでした。そしてその理由は謎のままなんとなく見過ごされてきました。

gnrh1あるいは3はしばしば進化の途上で失われているので、失うことができたヒントは、失われている種に近縁で両方持っている種、にあるのでは、と思い、しらべていたら、カラシン目のセルラサルムス科は両方もっている一方、カラシン科は1を失っている可能性が浮かび上がりました。そこで、セルラサルムス科のピラニアナッテリーを用いてしらべてみたら、gnrh1gnrh3遺伝子が、視索前野のニューロンで共発現していることがわかりました。

なんだ共発現していたからか、と思うのですが、このgnrh1gnrh3は、脊椎動物基部の1R,2Rの全ゲノム重複によって生じているため、ものすごく長い間「リダンダントな」ことになっていたという点で非常に驚きでした。

さらに、ピラニアのgnrh1,gnrh3エンハンサーを単離し、メダカとゼブラフィッシュでその活性を検証することにより、進化の中で、どのように片方が選択されていったか、ということを調べました。その結果、転写因子側ではなく、エンハンサー(cis)が変化したことで、片方が選択されていった、ということが示唆されました。

これは、GnRHシステムの進化がわかったことのみならず、パラログ遺伝子一般の進化についての理解を深めるためにも重要な結果と考えています。


軟骨魚類における遺伝子導入の検討



Fujimori C, Umatani C, Chimura M, Ijiri S, Bando H, Hyodo S, KandaS.(2022) in vitro and in vivo gene transfer in the cloudy catshark Scyliorhinus torazame. 

軟骨魚類は、海洋環境に適応するために軟骨による骨格や尿素をベースとした浸透圧調節戦略など、さまざまなユニークな生理学的特徴を持っています。また、軟骨脊椎動物の姉妹グループであるため、そのユニークな特徴を理解することは進化の観点から重要です。しかし、遺伝子導入や、遺伝子組み換えといった遺伝子工学的手法は、軟骨魚類では効果的に利用されていません。最終的には、ゲノムへ組み込む遺伝子組み換え、あるいはノックアウトを行いですが、今回は、一過性の発現誘導のうち、軟骨魚類へどのような手法が用いることができるのか、in vitroおよびin vivoの両方でさまざまな方法の効果を調べました。トラザメ初期胚由来の初代培養細胞を用いたin vitro実験では、リポフェクション、エレクトロポレーション、およびバキュロウイルス感染が成功しました。また、in vivoでは、エレクトロポレーションによりGFPの導入ができました。一般的に、エレクトロポレーションが高効率に遺伝子導入できるとされていますが、その傾向がトラザメでも見られた形になります。トランスジェニックやノックアウト個体、いつかできるのでしょうか。


Raspberry Piを使った簡易的な行動実験自動撮影装置とExcelベースの簡単ロガーの作製と、それを用いた野生系統のメダカと飼育系統の違いの定量

Tomihara S, Oka Y, Kanda S. Scientific reports 11 10894 (2021) Establishment of open-source semi-automated behavioral analysis system and quantification of the difference of sexual motivation between laboratory and wild strains

行動実験は生物学で重要な実験ですが、毎日同じ時間に撮影したり、と、かなり根気が必要です。そのルーチンを少しでも軽減できるように、市販のビデオカメラではなく、Linux入りのRaspberry pi+カメラを使えば、自動で動画をとり、時間やカメラ番号を混乱することなくファイル名に記録し、サーバーにどんどんいれていけるようにしました。僕はカメラ複数台あったらこんがらがるタイプです。

そういったプログラムを組み、Raspberry pi+カメラを複数台並べ、サーバーをつけたシステムをつくりました。という論文です。おまけで、エクセルのマクロをつかって、キーを押している時間をログにしていき、最後EPS形式のラスタープロットとして書き出せるものをつくりました。行動解析の手動ログには意外に便利です。

これを使って、普段から感じていた野生由来の系統と飼い慣らされたペット系統のメダカで性行動に違いがあることを定量化しました。

家でサーバーを作ってみたくて、Raspberry Piを買ってきて遊んでいたら、実は研究にも使えるかな、と思ったのと、普段行動解析をやっているメンバーをみていて、少しでも効率的にできないかなーと思ったのがきっかけでした。仕事がたくさんあるときにストレスがかかって、逃避するためにコードを書いていました。実験よりも細々とした時間でデバッグできるのが、プログラムのいいところだと思います。あんまりストレスかけないでください。


エストロジェン受容体β1を介して、FSHは下垂体レベルで直接的にエストロジェンのネガティブフィードバックを受ける

Kayo D, Zempo B, Tomihara S, Oka Y, Kanda S (2019) Gene knockout analysis reveals essentiality of estrogen receptor β1 (Esr2a) for female reproduction in medaka.

メダカやゼブラフィッシュのノックアウト実験の結果、魚ではFSHが卵胞発育に重要で、LHは最終成熟・排卵(最後のフェーズ)にのみ必要なことがわかってきました。

しかし、哺乳類ですべてのプロセスに必要なLH、とくにダイナミックな変動を(LHパルス)示すLHに注目が集まっており、魚で、そしてもしかするとその他の多くの脊椎動物全般で重要な可能性が高いFSHの研究は、LHに比べて圧倒的に進んでいません。

そこで、FSHを制御するものは何なのか。特に、卵の過剰な発育を抑える、卵巣由来のエストロジェンによるネガティブフィードバック機構の解明をしたい、と思ったのがスタートです。

esr2a(エストロジェン受容体β1)という受容体が重要であることが、ノックアウトの結果でわかったのですが、大変驚くべきことに、エストロジェンは哺乳類で考えられているような視床下部を介してではなく、直接的に脳下垂体のFSH発現を抑制していることがわかりました。まだ、下垂体内で間接的なのか、直接FSH細胞にエストロジェンが働いているのかは明らかではありませんが、近いうちに明らかにしていきます。

本論文では、esr2aのKOが、輸卵管の形成にも不可欠であることも示しています。


哺乳類では生殖制御の鍵を握るキスペプチンがサカナでは別の機能をもつ

Nakajo M, Kanda S, Karigo T,Takahashi A,Akazome Y, Uenoyama Y, Kobayashi M, Oka Y. (2016) Evolutionally conserved function of kisspeptin neuronal system is non-reproductive regulation as revealed by non-mammalian study

東京大学理学系研究科のプレスリリースをご参照ください。

生殖に超重要ってことで、哺乳類で見つかったキスペプチン。当然我々も魚の生殖に大事だろうと思って始めたのが2006年。
世界でも、魚でも打つと血中LHが上がるとか、GnRHニューロンに受容体が出てるとか、いろいろ論文が出てました。
しかし、我々の手で行っても、それは再現できず、形態学的アプローチによっても、キスペプチンは哺乳類と同じ様式でHPG軸に効くとは考えづらい(Kanda et al., 2013)。手法の制約と思い込みによる論文が世の大勢を占めていました。
今回、キスペプチン受容体発現細胞にGFPを発現させる、というアプローチで、GnRHニューロンではない、キスペプチンの本当のターゲットを見つけることにより、今までラボの卒業生が溜めてきた貴重な”ネガティブ”未発表データを出すことが出来ました。
論文は、基本的にポジティブデータを取り扱うものです。すなわち、世の中で、おかしなことがあっても、都合の良いことばかり論文として発表されていく、という情報の非対称性が産まれます。
しかし、時間がかかっても、真実はもたらされるべきで、だいぶん時間はかかりましたが、そういったものを世に出すことができました。SuppleFigの山も是非眺めてみてください。


視床下部GnRHと、脳下垂体FSH,LHの制御の進化に関する研究

Takahashi A, Kanda S, Abe T, Oka Y. (2016) Evolution of the hypothalamic-pituitary-gonadal axis regulation in vertebrates revealed by knockout medaka..

東京大学理学系研究科のプレスリリースをご参照ください。


栄養欠乏時にメスだけで生殖をストップさせる脳内メカニズム

Hasebe M, Kanda S, Oka Y. (2016) Female specific glucose-sensitivity of GnRH1 neurons leads to sexually dimorphic inhibition of reproduction in medaka.

東京大学理学系研究科のプレスリリースをご参照ください。


キスペプチンニューロンは脳内のステロイドを感受するセンサーとして働く

Hasebe M1, Kanda S1, Shimada H, Akazome Y, Abe H, Oka Y.(2014) Kiss1 neurons drastically change their firing activity in accordance with the reproductive state: insights from a seasonal breeder. Endocrinology. 155(12):4868-80

キスペプチン神経系は哺乳類において、GnRHニューロンへの直接的な制御を介し、視床下部脳下垂体生殖腺軸(HPG軸)の調節を担っています。実際に、哺乳類におけるKiss1遺伝子、あるいは受容体GPR54のノックアウトが、不稔に至ることが複数の動物種でわかっています。
したがって、哺乳類において生殖のkey regulatorとして、近年の神経内分泌業界では「大物役者」として扱われています。

一方で、我々やその他のグループが独立しておこなった複数の結果から、真骨魚類では少なくとも、キスペプチンが哺乳類のような生殖制御の因子ではないのではないか、ということが強く示唆されてきました(鳥類にキスペプチン神経系が存在しないことから、私は哺乳類だけが特別に生殖制御機能を獲得したのではないかと思っています)。

ただ、その一方で、脊椎動物を通じて(厳密に調べたのは四足動物と真骨魚類を含む、硬骨魚類綱、ですが)キスペプチンニューロンが性ステロイド受容体を発現し、何らかの機能を司っていることが明らかになってきました(メダカ:Kanda et al., 2008, Mitani, Kanda et al., 2010.キンギョ: Kanda et al., 2012)。したがって、脊椎動物でキスペプチンニューロンが生殖腺の状態に応じて何らかの情報を他のニューロンにニューロンにもたらしているのは共通なのです。この生殖状態のセンサーとして働くキスペプチンニューロンの性質を調べるため、Kiss1ニューロンにEGFPを発現するトランスジェニックメダカを作成しました。

今回の発表内容
・様々な繁殖状態のKiss1ニューロンの発火活動を記録することにより、繁殖状態依存的に発火活動が変化する
・GFPの免疫組織化学を行うことにより、Kiss1ニューロンの投射を解析

哺乳類の電気生理に用いられるのは、ほとんどがマウス/ラットであり、季節繁殖性を失った動物です。今回、メダカをモデルに用いることにより、繁殖状態の異なる個体間での発火活動の比較が可能になりました。
こうして、発現調節に加えて、発火活動も繁殖状態によって大きく変化することにより、繁殖状態/非繁殖状態でKiss1ペプチドを大きく変化させていることが強く示唆されました。(繁殖状態の方が放出が多いと考えられます)

また、投射に関しても、先に報告したキスペプチン受容体の分布とかなり近い投射を示すことがわかりました。性ステロイド感受性と考えられるNVT Kiss1ニューロンは、終脳腹側野、視索前野、視床下部に主に投射しており、直接的な生殖制御ではなくても、恒常性の維持、内分泌調節や本能行動の調節等にいわゆる根本的な生命現象に関わっていると示唆されました。この結果は、ひとつ前の報告(下を参照)と整合します。

今後の興味としては、1.実際にキスペプチンニューロンが哺乳類以外の脊椎動物で何をやってきていたのか。そして、2.今回脳下垂体に投射することがわかったため、キスペプチンがステロイドフィードバックに関わるようになるためには、GnRH1ニューロンがキスペプチン受容体を発現しさえすれば良い、という状態が長く続いてきたことになります。今後、これらのテーマについて理解を深めていこうと思っています。

大学にもプレスリリースを出したので、そちらもご覧ください。


キスペプチン神経系は直接的にイソトシン・バソトシン神経系を制御している一方で、真骨魚類においてGnRH神経系を介したHPG軸制御を欠く

Kanda S, Akazome Y, Mitani Y, Okubo K, Oka Y (2013) Neuroanatomical Evidence That Kisspeptin Directly Regulates Isotocin and Vasotocin Neurons. PLoS ONE 8(4): e62776. doi:10.1371/journal.pone.0062776

キスペプチン神経系は、哺乳類において生殖に必須なニューロンとして注目を集めています。一方で、非哺乳類においてキスペプチンが視床下部-脳下垂体-生殖線軸を直接的に制御する証拠は現在まで見つかっていません。

我々は、主に形態学的な方法を用い、非哺乳類におけるキスペプチン神経系の役割を解析してきました。メダカを用いて二重in situ hybridizationを行った結果、哺乳類とは異なり、いずれのサブタイプのキスペプチン受容体も、メダカにおいて脳下垂体へ投射する唯一のGnRH神経系であるGnRH1ニューロンに発現していないことがわかり、少なくとも哺乳類で考えられているような、GnRH1ニューロンを直接的に制御する機構は存在しないことがわかりました。

そこで、脊椎動物におけるより保存的なキスペプチンの機能を解析するため、キスペプチン受容体と様々な神経伝達物質の二重in situ hybridizationを行ったところ、イソトシン・バソトシン(哺乳類におけるオキシトシン・バソプレシンとホモログ)ニューロンがキスペプチン受容体gpr54-2 mRNAを発現していることが明らかとなりました。

哺乳類を用いた研究で、キスペプチンの投与によってオキシトシンバソプレシンの放出が促進される、という報告もあることから、メダカで見つかったこの制御機構は、脊椎動物を通じて保存されている可能性が考えられます。オキシトシン(イソトシン)やバソプレシン(バソトシン)ニューロンは繁殖特異的な行動(母性行動や攻撃行動)に関与していることが示唆されているため、繁殖期に分泌が上がると考えられる(Kanda et al., 2008; Mitani and Kanda et al., 2010; Kanda et al., 2012)キスペプチン神経系による制御がそのような繁殖期特異的な行動を引き起こしている、という作業仮説が考えられます。

今回の論文では、後葉系のホルモンの放出に関与するという新規発見に加えて、キスペプチンが必ずしも直接的にGnRHニューロンを制御しない、という哺乳類における定説を覆す結果を提示したことで、脊椎動物全般での生殖機構の進化に新たな問題を提起できたと考えています。


キスペプチン遺伝子の分子的性質と進化

Kanda and Oka. (2013). Structure, Synthesis, and Phylogeny of Kisspeptin and its Receptor. in Kisspeptin Signaling in Reproductive Biology (eds K. Alexander and S. Jeremy): Springer Science.

近年(とずっといってきましたが、ずいぶん長い時間が経ったようです。。)生殖内分泌学の分野で注目を集めているキスペプチンニューロンに関する本が出版されました。
アメリカのAlexander S Kauffmanと、Jeremy T Smithという2人の新進気鋭の若手PIがまとめた本です。
この本の第2章、Structure, Synthesis, and Phylogeny of Kisspeptin and its Receptor というチャプターに執筆しています。
たまたま、この章はサンプルページとして提供されているので、Springerのサイトの一番下のDownload Sample pages 1 (pdf, 561 kB)というリンクで無料でダウンロードできます。

まず、キスペプチンのペプチドの構造、受容体の賦活化の仕方を考察しています。キスペプチン遺伝子kiss1,?kiss2は脊椎動物に本来両方存在しており(哺乳類では欠失しているのでkiss2は注目されにくかった)どちらも同じ受容体(こちらも二種類ある)に働いている、ということをレビューしています。
また、kiss1,?kiss2ニューロンのうち、ステロイド感受性を示すものを真骨魚類、両生類、哺乳類の脳にマッピングしてみると、どうやらそれまでkiss2が発現していた場所に、kiss1が発現している可能性が浮かんできました。遺伝子のロバストネスが進化の途上(研究紹介を参照)に起こり、哺乳類の進化の途上でkiss2遺伝子の喪失が起こったことで、眠っていたkiss1遺伝子がそのニューロンにおいてよみがえったのではないか、という仮説を提唱しています。